ヘキサ日記 Blog

 

2017年4月18日

RPGにおける没入

SE:パパパパパウワー、ドドン
貴公の首は柱に吊るされるのがミッツです

 

皆さんはRPGはお好きでしょうか?
RPGというゲームジャンルの名前は、ゲームを知らない人でも
聞いたことがあるのではないでしょうか。
古典ですと、TRPGなどのようなアナログゲームのジャンルに始まって、
著名な『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』といった
ビッグタイトルが挙げられることがあり、
あるいは『頭脳戦艦ガル』の如くどこがRPGという分からないものまで
実に様々なRPGというものがあります。
私はもちろん、頭脳戦艦のことは置いといてRPGは好きです。

 

そこで今回の記事では、RPGと言われた時、私がよく究極的にRPGを感じた
作品として思い出す『Zork I』についてお話したいと思います

 

 20170418_image01

 ※画面はPS版。何者にも媚びない極渋のタイトル感。たまらないですね。

 

ここで「それもRPGじゃないじゃねーか」と速攻突っ込んだ方、
ありがとうございます、はい、ご指摘まったくごもっともです

 


 

★Zork Iとは?
  さて、『Zork I』は古典のテキストアドベンチャーです。
  PC用ゲームとして私が最初にこの作品と出会った時、それは5インチの
  フロッピーディスクという、イカす絶滅媒体に入っていました。
  ゲーム画面はDOSプロンプトのような真っ黒画面に白字のテキストだけ
  表示される簡素なビジュアル、BGMもありません。
  (後にプレイステーション版を購入した時に古代祐三氏の素晴らしいBGMと
   ビジュアルが加わっていて大層驚いたものです)

 

  昨今の一般的なアドベンチャーゲームと比較して、この『Zork I』の特徴は
  コマンドメニューや選択肢がなくて、プレイヤーが行動を起こすためには
  自分で文章を組み立て入力する点です
  例えば、[妖精の剣] [で] [ポスト] [を] [壊す] というように文章を入力すると、
  そのとおりに行動したかのように、状況のテキストが返ってくるわけです。

 

 20170418_image02
 ※画面はPS版。下のウィンドウに単語と助詞と動詞を使って文章を入力していきます。 

 

  これが結構色んなテキストに対応してくれているのが面白いのです。
  [扉] [と] [戦う] と入力すれば
  「何を使って扉を攻撃する?」と返ってきますし
  [扉] [を] [素手] [で] [攻撃する] と入力すれば
  「変人とは知っていたが扉と戦うとは!」と返ってきます。
  まぁ結局、扉と戦うことはできず、ゲーム攻略上は不正解を踏んでる
  だけなのですが、そこは今回の記事のミソです。

  

正解を“作る”体験
  後の時代、この行動入力は全盛を誇ることなく消えたことからすると
  残念ながらアドベンチャーゲームとしてはこのテキスト入力様式は
  面倒だった、という評価に落ち着くのですが
  自分はこの『Zork I』の行動入力様式に注目する点があると考えます。

 

  「自身で行動のための文章を作るプロセスがあることで
   ルール自体で“できない行動”は規定されず、
   無数の不正解がゲーム内に存在できる環境になっている」

  

  行動を自分で文章化するということは、ゲーム攻略で正解の行動と、
  それ以外の無尽蔵な不正解の行動があることを意味します。
  無数の不正解の存在は、プレイヤーが無差別に選択肢をつぶしていく
  作業プレイが無力であることを伝えたうえで、「正解を考える意味」
  あたえてくれます
 

20170418_image03
※図Bに無数の不正解があることで、無数の行動を選べる環境、正解を考える意味の両方が生まれる

 

  「不正解ばかりだけど何でも入力はできる」というのも大切です
  「入力できない」と「不正解ばかりだけど何でも入力はできる」には
  結果は似ているようでも、実は違いがあります。
  例えば、やりたいと思った行動があるのに、コマンドメニューにない、
  こいつが犯人だと気づいたのに、問い詰めるコマンドが出てこなくて
  何かフラグを立てることでようやくそれが表示される。
  アドベンチャーゲームにあるあるな状況ですが、
  ここに理不尽、物語の感情移入が途切れた感を覚えた人も多いでしょう
  その点『Zork I』の様式は、試みること自体は可能で、できないという
  理不尽なフラストレーションを覚えることなく、ゲームに没頭した状態を
  維持することができるのです。

 

何にRPGを感じるか
  自分がRPGをプレイする時、操作している主人公自身が何をどんな風に
  考え、振る舞うかを想像しながら動かしているのですが
  キャラを育てたり、アイテムを購入したり、敵と戦闘をするのも
  自分にとっては

 

  「そのキャラらしく存在する」

 

  ための味わいの一種なのです
  それだけに、システム上の制約で、やるはずなのにできない行動がある時、
  ゲーム世界の没入が途切れ、メタ構造を意識して冷めることがあります。
(荷が邪魔して通れない時、強制イベントによって物語が進行している時
 行動の選択肢で、想定していたことと違う行動になってしまった時
 キャラらしさより攻略上で有効な選択をせざるをえない時など)
  それはそれで、ゲームとしてはまぁ仕方ないとの向きもあるわけですが…。

 

  そんな時、『Zork I』のような没入と行動入力の自由度の高さ、
  正解を自分の手で作ろうとする気持ちの動き、
  それらは、自分がRPGに求める環境に近いことを思ったりするわけです。

 


 

そんなわけでミッツのRPG観の好みのお話でした
皆さんも感動のRPGに出会った時、
ゲーム内のキャラと物語をどのような感覚から味わっているのか
それは配管工がカメを踏みつけている時や、王将となって飛車を
動かしている時には感じないものなのか
RPGに対するスタンスを考えてみてはいかがでしょうか?
意外と、RPGをRPGたらしめていることは何か、を考えると奥深いです


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